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卒業式と入学式

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  台湾行きの前に、小学校の卒業式へ。台湾から帰ってきてから、小学校の入学式に来賓として列席しました。 学校運営協議会の理事長として参加する地元小学校の卒業式。 そして、入学式にも参加。参加の確認を送り忘れていて、前の日に教頭先生から電話が掛かってきて確認。その時に、「また卒業式と同じように、一言だけお願いします」との依頼。 そうなんです。卒業式の時も、受付を済ませたら進行表の確認をしながら、「で、ここで『卒業生の皆さん、保護者の皆様本日はおめでとうございます』と一言お願いします」という依頼が。 入学式の時、「一年生のみなさん、入学おめでとうございます」の後、間髪入れず新一年生の席から「ありがとうございます!」という声が上がり、続く「保護者の皆様」を言いかけた僕と重なってしまいました。こういうのって、校風というか、娘の頃から変わってないなぁとシミジミでした。 卒業式の日は、曇り空ですが雨には降られず助かりました。入学式の日は、いい天気で桜いっぱいの校舎でした。  

コミュニティ・スクール研修会に参加した

2月13日京都市教育委員会が主催する「令和5年度 コミュニティ・スクール研修会」に参加しました。 学校運営協議会の理事長を仰せつかっているものの、「それてナンやの?」でいまだボーッとしたイメージのままでしたが、参加して、「こういう学校運営協議会もあるのね?」という一つのモデルを知ることができました。 地域学校協働活動の「協働」とは?という説明が生涯学習部総括首席社会教育主事さんから、ビデオ形式のレクチャー(!)があり、さらに桂坂小学校と、西ノ京中学校の実践報告が、これもビデオ形式で(!)ありました。 最後に近隣小中幼稚園の代表者とのグループ会談。最後のセッションが一番参考になりました。とくに僕のグループは、元西ノ京中学校の校長先生が進行役で入っていたので、実践報告であった内容の補足を聞くことができて、情報有益度がさらにあがりました。 町の主(ぬし)のような人がいる地域だと、その人が中心になって(言い方を変えるとワンマン)イベントや行事が進められるようです。一方、人の出入りの激しい地域などでは、やっぱり学校が地域活動の中心にならざるを得ない面もあると思います。とはいえ、学校も人事異動で数年おきにスタッフが入れ替わります。 個人的には、僕が理事を務める学区は、入れ替わりのある地域でもあるし、支柱となる人達もすでに高齢になってきているし、中には元おやじの会会長のように若くして亡くなるケースもあります。これぞ!という人に絞って活動するよりも、広く浅くユルく集まれる母数を確保しつつ、例えば、校区内清掃の時は10分の1でも20分の1でも、ほどほどの人数になるような分母の広ささえ確保しておけば…と思います。 PTA経験者が繋がれるようなのも良いと思っていたのですが、近隣校の方から「古いOBOGの接待にビビった」という話を聞いて、集まりの体質にも寄るのだと感じました。 いろいろ知見が広がった研修会にはなりました。考えないといけないことはたくさんあるなとも思いました。また、校長先生と相談しないとな。

校区の冬イベントでした

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  昨日(2024年1月14日)は小学校区の少年補剛委員主催「北風と遊ぼう」という冬イベントでした。校区のおやじの会は、毎年餅つきで参加。とはいえ、去年までは新型コロナウイルス拡散対策のため、イベント自体が休みだったり、餅つきなしだったりでした。久しぶりの餅つきになりました。 おやじの会からは、7名の参加。僕は腰椎を骨折していて、とうてい役に立たない人材なので、新人会員のリクルート活動に専念。今回は、イベントに参加していたお父さん2名の勧誘に成功。能登半島での地震もあって、やっぱり地域との繋がりは必要と感じている人も多いと思います。そんなご時世の後押しもあったと思います。 午前10時からスタートして、子どもたちのイベントも山を越し、ボチボチ帰り始めた13時過ぎ。餅つきスタッフも、そろそろ疲れが見え始めたそんな頃、近隣の校区のおやじの会副会長で、全国的にも有名な人が大勢のSPと共に来場。 そしてコロナ前と同じように「じゃ、つかせてもらいます!」とペッタンペッタン。この人はこういうところは以前と全く変わってません。 大勢のSPと移動することになっての戸惑いやら、困惑などを口にされてましたが、安倍元総理のこともあるので、「仕方ないのかな〜」とも。 現会長の「せっかくなので一緒に撮りましょう」という提案で、有名人と記念写真。 こっちは、開始直後の集合写真。 そして、18時からは新年会。コロナ明け以降、久しぶりに集まっての宴会。なんにもできずに時間だけが過ぎていった、コロナ禍。しかも昨年は、おやじの会の精神的支柱であった藤世さんを失い( 参照 )先細りが見えていたのですが、なんとか「ここから」な場所にきた気がします。 地域には「おやじの会」として認知されて入るものの、もはや「おやじ」だけでは成り立たないし、そもそもいわゆる「おやじ」的なメンバーが少なく、雰囲気も「おやじおやじ」していないので、小学校保護者OBOG会や、小学校をゆるく地域で見守る会のような、「おやじ」でなくても入りやすい名称にしようと話しています。 現役子育て世代は、やることいっぱいだし、まだ働いている世代も、いつでも参加OKな人は少ない。参加率は同じでも、会員の分母を増やせば集まれる人が多くなるので、そっちの方向でゆるく増やせればいいと思います。 次は3月16日の校区内清掃イベント。これはコロナ禍でも...

家庭科授業のサポート

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学校運営協議会の理事長を務めている関連で(なのか?)保護者や地域の人の学校運営にもちょくちょく声がかかります。 先日は、家庭科授業のサポートで声がかかりました。6年生の家庭科でミシンを使う授業でした。先生一人で40名弱の児童を、しかも2つの教室でみるのは難しいので、サポート要請がありました。 ミシンは全部で14台くらい。そのうちの5台は調子がイマイチ。残りをやりくりしながらの、手提げかばん作り。とはいえ、持ち手はすでに本体にくっついた状態で、それを折って、両脇を縫うだけ。 だけ…とはいえ、ここまでがなかなかタイヘン。ミシンに糸をセットしたり、まち針を刺したり、やっとミシン!と思ったら、順番待ちがあったり。そんな待ち時間に、手提げかばんに付ける柄を考えてもらうなど、いろいろ仕掛けを用意しての授業。いやはや先生は準備も授業も片付けもタイヘンですわ。 子ども達の様子を見ていたら、男子女子関係なく、サッサーとやってしまう子もいれば、モッタリモッタリしてなんにも進まない子もいます。友達の進捗状況ばっかり気になってしまう子もいれば、我関せずのマイペース君にマイペースさんも。異常にコミュニケーション力の高い子もいれば、大人の男性に警戒心アリアリという子も。校区内の公立小学校ということもあって、ご近所さんの子もいたり、友達の子がいたりと、繋がりもあるので「あ、あそこの家?」「そやねん」という話もありました。 自分が通った学校や勤務した会社やバイト先のご縁もありますが、期せずして子どもが通った学校のPTAやおやじの会を通して、地域とのご縁もいただきました。近所をウロウロすれば、誰ぞかれぞの知った人に会います。これは、人によってはわずらわしく感じる人もいるかもしれません。とはいえ、こんな僕も神戸のマンションでは、馴染みの顔が誰もいない生活です。それはそれで快適でもあるけど、やっぱり僕にはなんだか味気ない生活にも感じますし、なんかあった時のサバイブにはいささか不安を感じます。 地域の話とは別に、小学校で気づいたのは、設備や機材の中にはだいぶん古くなっている物が数多くあることです。なんとか教育予算を確保して、子ども達の学ぶ機会に活用して欲しいと願います。子ども達だけでなく、いろんな人の学びの場に活用できると良いと思います。  

小学校の運動会

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10月3日は校区の公立小学校の運動会へ。なにしろ学校運営協議会の理事長を仰せつかっている身なので来賓扱い。体育振興会の会長さんや、社会福祉協議会の会長さんと横並び。まいどまいど、どこへ行っても似たようなメンバーと並ぶわけです。 保護者の皆さんが立ちっぱなしで我が子を見ているのに、テントの下で涼しく参観。その代わりと言っちゃなんですが、自分で自分に、よく見て改善点や課題を学校運営に活かすという宿題を課しました。 一年生は少し前まで保育園や幼稚園の園児さん。3月生まれの一年生と4月生まれの六年生では、ものすごい差です。大きな子も小さな子も、運動のできる子も、できそうにない子も、精一杯走ったり踊ったり、体を動かしていました。 残念ながら、コロナ前のフルセット運動会ではなく、午前中だけのハーフ運動会。娘がいた頃は、3色に分かれた学年縦割りチーム対抗戦の様式でしたが、それもなし。そういえば、万国旗も出てなかったです。 それでも、3年生以下(あれ?4年生以下かな?)ははじめての運動会。他の学年の子が走っているところなど、なかなか見る機会はなかったと思います。応援団も出てきたり、アナウンスも子ども達で代わる代わる担当していました。 そういえば、アナウンスをしていた6年生の子は、僕がPTAで会報委員長をしていた時の委員さんの下の子でした。当時は、幼稚園に入園する前だったと思いますが、もう6年生?!でした。僕は顔を見てもわからなかったのですが、帽子の横にあった名前を見て「え?!」と気が付きました。で、後ろをみると、元委員のお母さん。その子も僕に気が付き「あ!山田さん!」と。大人の顔はそんなに変わらないので、気づいてもらえますね。 アナウンス担当も近かったし、救護担当も近くて、何人かは転んで擦りむいたりして傷の手当に来ていましたが、大きな怪我をする子もなく、数日前に滋賀県で行われた運動会のように、熱中症で倒れる子どももいなくてよかったです。 平日の午前中という時間でしたが、保護者は多数参観していました。保護者の中に、ファンサうちわというか、推しうちわというかを持って我が子を応援している人がいました。時代が時代ならウチの和子はんもやりそうです。卒業式の袴姿も最初は一人か二人だったのが、ある時から一気に…と聞きます。来年あたりはファンサうちわだらけになるかも? 気になったのは、ぽっちゃり君...

地域の先輩を見送りました

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今月21日金曜日の早朝、藤世孝さんが亡くなりました。22日のお通夜に参列して見送ってきました。 彼は生まれも育ちも地元。桃山小→桃山中→桃山高という生粋の地元民。そして仕事も区内竹田のファミレス「フレンドリー」(ここは僕らが以前住んでいた家の近所)に勤め、親の稼業を継いでからももちろん地元。地域の仕事をいくつも掛け持ちして民生委員も勤めていました(たぶん)。とにかく地元で顔が広く「ミスター桃山」的な存在でした。 ウチの和子さんとは高校時代の同級生。どうやら3年間同じクラスだったらしいけど、和子さんの記憶は今ひとつ。 娘が小学6年生のときに、僕はPTAで会報委員長をしていて、その関係で学校行事によく出入りしていたのを、藤世さんにチェックされて(目を付けられて?)、PTAの任期が終わりお役御免になったとほぼ同時に、「おやじの会」に誘われました。それから数期が流れ、2019〜2022年まで、僕がおやじの会の会長をすることに。年数会の地域イベントだけではなく、普段買い物にいくCOOPでもよく会い、なんやかんやと話をする間柄になりました。 2021年の秋、電話がかかってきて「オレな、ステージ4の大腸ガンやねん」で余命も僅かであることを告げられました。地域のなかでも、近しい人だけに知らせたようです。 それから一年半と少し。大半がコロナ禍という制約にも関わらず、残りの時間を楽しく愉快に過ごすべく、時間を作っては近しい人たちで集まり、ワイワイ騒いだり、ちょっと遠出したり、オモシロオカシク過ごしたのでした。 最初に宣告された余命ははるかに超えてはいたものの、今月中旬、肝不全になり急遽入院。その翌日にお見舞いに行くと、下ネタを放つくらい意外とフツーに元気だったので、安心したのも束の間、あっという間に最期を迎えたのでした。 春以降、彼は精力的に終活に励んでいて、ほぼほぼ完了というところまでこぎつけていました。最期までアッパレな幕引きでした。 これまで、少なくない人の最期を見送ってきましたが、ここまでよく知る身近な人を見送ったのは、もしかすると初めてかもしれません。 そんな近しい人を見送るダメージたるや…を今回知りました。年をとると、こういうのが数年に一回、年に数回やってくるのでしょうか?高齢社会が元気なくなるのも無理ないです。同時に、若い知り合いを作ることが大切だと実感しました。失った分...

新しい教頭先生は、昔のご近所さんだった

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  新年度から引き受ける、学校運営協議会の書類を届けに、校区の小学校を訪れて、校長先生と話をしていたら、「あ、来年度からの教頭を紹介しますね」と言われて紹介された教頭先生。 僕の方は、「あ、山田です。よろしくお願いします」と挨拶したものの、教頭先生の方は、なんだか「え〜っと」という表情。 「もしかして…山田さんって、昔、竹田に住んでませんでしたか?」 と聞かれ、 「ええ。駅降りてすぐの団地に住んでましたよ」 「僕です、同じ町内の竹本です」 「え〜っと竹本さん…あ!あのロン毛でピアノ弾いてた?」 「そうですそうです。当時は大学生でした」 いつもTシャツを着ている青年という印象しかなかったので、目の前にいたのに、まったく気が付かず。 あの頃から20年以上経ってるわけですから、そりゃ立派なベテランの先生になっていても不思議じゃないです。 まさか、こんなところで再会するとは。竹田にいたのは短い期間だったけど、町内のイベントにボチボチとでも参加しておいて良かった。

おやじの会、一区切り

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先週18日、おやじの会で校区内清掃をしました。娘が卒業した小学校のおやじの会の会長になって、何度目かの校区内清掃。小学校の卒業式前に通学路を掃除して、子ども達を送り出そうという主旨でやってますが、今年はあいにくの雨。10時スタートだというのに、9時の時点でまだジャカスカ降っている状態。おやじの会のメンバーからも「今日、やるんですか?」と連絡が来るぐらい。天気予報では10時には小雨になっているはずだったのが、やや遅れ気味。 校区内清掃で30人くらい集まった時もあったんだけど、今回はおやじの会メンバー5名のみの参加。PTAでも配信してもらったけど、雨で誰も参加なし。とはいえ、ある程度予想していたとおり。 そして、なぜか校区内の道路は、かなりキレイな状態で、あんまりゴミが落ちていない。踏切の前後にタバコの吸殻が大量に落ちていた以外は、目立った放置ゴミもない。予定時間内に終えて、小学校のゴミ集積場にチョコッと集まったゴミ袋。 誰もケガもなく、事故もなく、無事に終わってなにより。11時頃には雨もあがり「やっぱり、やってよかったね」という結論に。中止にしなくてよかった。 おやじの会のメンバーは小学校で解散。僕は、その後、校長室へお呼び出し。 " I have a bad feeling about this "  は、スター・ウォーズではおなじみのセリフだけど、だいたい校長室へお呼び出しなんて、子どもの頃から "bad" 以外ない。 なんとなく聞いてはいたけど、やっぱり!なお話。 来年度の 学校運営協議会 の理事長に指名された。学校運営協議会?という話が出た時に、あれこれ調べていたら、文科省のサイトにも説明が出ていた( これ )。コミュニティー・スクールという言葉も出てきて、なんとなく社会福祉の授業で出てきたコミュニティー・ソーシャルワークが垣間見える。 まだ僕は学校運営協議会?な部分が大いにあるけど、逆に、「こうあるべき」が固まってなく、先入観なく接することができるかもしれない。実際、始まってみると、「えらいこっちゃ」かもしれないけど、その時はその時で今後のネタと割り切って、やってみようと思ってます。 校内清掃の翌日は、おやじの会での集まりがあり、次期会長への引き継ぎも同時に。2019年から4年、ほとんどコロナ禍でなんにもできなかったの...

小学校区のイベント

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 一昨日の、濃い濃い京都市おやじの会総会から、今日は地元校区の少年補導委員主催の子どもイベント「北風と遊ぼう」におやじの会として参加。最終年度、最後のご奉公が続きます。 昨日一昨日が暖かいという予報のわりに、それほど暖かく感じなかった僕ですが、今日は天気はイマイチだけど暖かく感じて、イベントにはちょうどいい感じでした。 おやじの会は、例年PTAさんが頑張る大縄跳びを担当。おやじの会からは3人参加。あと一人は、「マンション自治会で選ばれて少年補導担当になったんですが…」という若手がいたので、スカウトしました。ものすごく活躍してもらえました。 それとは別に、今日も、お父さんと言うにはちょっと若すぎる、でも「どこかで見たような…」という男性がいたのですが、向こうから近づいてくると「次の府議会選挙に立候補します☆☆です」と。学校や地域のイベントが戻りだしたのを機に、どこも広報の場になっているようです。さすがに今日は、一昨日のような、地元アイドルグループの営業はなかったですけど… 10時にスタートして、12時に終わり。コロナ前は10時スタートの14時終わりだったかと思うので、それに比べれば大分楽なはずだけど、それでも、大縄跳びの縄回しでグッテリ。夕方になって、「なんでこんなに身体が疲れているんやろか?」「午前中のアレか!」でした。 終盤は、ヤングママさん達の助太刀も借りて高速回転大縄跳びをしたり、かなり盛り上がったのが影響したのかも。 次期会長さんに引き継ぐ前に、おやじの会から、保護者OB会に名称変更を提案しようと思います。それは一昨日の全市連絡会の会長さんからも「全然問題ないですよ。集めやすい名称にしてください」とOKをもらえてるし、いろんな人が参加しやすい方に向ければと考えています。もう、おやじだけでは限界な気がします。

おやじの会総会に参加した

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昨晩、 京都市総合教育センター で開催された、京都市の令和4年度全市「おやじの会」総会に参加しました。 「そういえば、いつからだったっけ?」と調べると、2019年度から娘が通った小学校校区のおやじの会会長をしてました。2019年といえば、4月いっぱいまでは「平成」でしたね。令和に入っても、ズッとコロナ禍でたいした活動もしなかった4年間が終わろうとしています。 さいわい、次年度からは、次の若手が会長を引き受けてくれることになり、僕はお役目御免となります。そういえば、2019年には来ていたと思う、このおやじの会総会の案内。あの時は、出張が入っていたか何かで参加できなかったんですが、3年ぶりの開催という今回は、参加できました。 普段は喋る側=こっち側なので、「どう見えるのかな?」も気になり、開催前にパシャリ。なんせ、開始時刻を30分間違えて、18時からと思い込み、繁華街へ出かけるついでに、いろいろ用事を大急ぎで片付けて会場へ行くと、なんだか受付がバタバタ。「これは、こっちでチェックするんかいな?」「いや、こっちでやるわ」などなど。来場者第1号として、こういった試運転にお付き合い。主催者の様子が垣間見られて、これも楽しい。 総会は、選ばれた7つのおやじの会の、ここ数年の活動報告プレゼンを見聞きする会でした。さすがに、7団体もプレゼンすると、中に「お!」というプレゼンがあります。「こんな活動しました」「こうでした」ツラツラ…も良いのですが、このいろいろやりにくい状況下で、どうやってイベント開催?人は集まったの?おやじの会新規会員獲得ってどうしてたん?など、「知りたい」に答える内容にはグッと聞き入りました。で、そのプレゼンのスライドは、やっぱりシンプルでした。 それはそうと、京都市総合教育センターって初めて入りました。Google Mapだと四条河原町の交差点からだと、高島屋の中を通り抜けて到着できるような案内になるんだけど、「それはないやろ」とあえて仏光寺通から回りました。たぶん、これで正解だったのでは?と。 総会会場のほぼ一番前に座っていたので、どのくらいの会長さんが参加したのかはわかりませんでしたが、京都市内の小学校は、国立1校、市立158校、私立9校の計168校なので、まあまあの参加者だったのでは?と思います。 総会の後は、場所を移しての交流会。 総会会場では、アンケー...

商店街で声掛けてもらった

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今日も歩きました。といっても、脚の調子はあんまり良くなく、約1km毎に「いててて」と立ち止まって、背中を丸めて、腰裏の神経の通りを良くしてやるパターン。 腰椎の骨がこんな具合で、背中側(右側)のグチャグチャに潰れている部分が神経を圧迫して、脚がシビレるようです。このグチャグチャになっている部分を伸ばしてやると、シビレも消えていき、痛みもなくなるという構図。 歩いては立ち止まりをしながら、毎日5kmくらいずつ歩くここ数ヶ月。今日はコーヒー豆を買うついでもあって商店街へ。 コーヒーを買って、うろうろ歩いて、さて、帰りにスーパーに寄って頼まれものを買うか…と思ったところで「いててて」が来た。 商店街のまだ年始休み中の店の前で、うつむいて膝に手を当てて背中を伸ばしていたら、 「疲れたんか?」 と、見知らぬお婆さんに声を掛けられました。 人生に絶望して、お先真っ暗な男に見えたんかな? 「ちょっと休憩中ですわ」 と笑顔で返すと、安心したように向こうへ歩いていかはりました。 「疲れたんか?」というのは 「どしたんや?」よりも、具体的かつ広範囲に意味がとれますな。 今、考えると、「休憩中」というのも、歩くのを休憩しているのか?それとも人生の休憩中なのか?いろいろ意味がとれるな。 でも、道端で「いててて」となっている時に、声掛けてもらえるというのはエエもんですね。とくに気に留めてほしいわけではなかったけど、気にしてくれる人がいるというのは、ありがたいものです。商店街は良いところです。 こういうのが、色んな人に広がるとエエなと思いますし、広がるだけの余裕がもてたらエエですね。